州政府の工場用地を取得する場合のリスク~インド進出成功術(4)

インド進出企業の守護神、経験30年の国際弁護士原口です。

 

4回目の今回は、インドにおける工場用地を州政府から取得するリスク、

すなわち、インドにおける土地収用について述べます。

はじめに

 

前回、インドの土地所有関係は複雑で、

安易に民間から工場用地を取得すると、

後から真の所有者に立ち退きを求められるリスクがある

というお話をしました。

 

そして、民間から工場用地を取得するのはやめておいた方が無難です、

ともお話をしました。

 

ところで、最近はインドの各州が、

モディ首相の外資誘致政策に呼応して、

州内の土地を強制収容し、工業団地を造って、

日本の企業に廉価で提供しています。

 

このような州政府の提供する土地であれば、

取得しても安全なのでしょうか。

 

答えは否です。

 

とりわけ、2013年3月31日までに州政府が強制収容した土地については、

州から提供される工場用地も避けたほうが無難でしょう。

 

 

土地の収用リスク

 

確かに、州政府が提供する工場用地の場合、

民間が提供する工場用地に比べ、

土地の権利関係の調査は終了していると考えてもよいでしょう。

言い換えると、真の所有者が現れて、

立ち退きを求められるリスクはないといえます。

 

しかし、土地を強制収容されたものからの補償金の請求と

訴えの提起に伴う20年以上にわたる、

訴訟のリスクがあるのです。

 

 

英国植民地時代の土地の収用

 

前々回にもお話をしたように、

インドは1947年に独立するまで89年間に亘り、英国の植民地でした。

 

この英国植民地時代の1894年に制定された土地所有法(旧収用法)が、

インドの独立後も生き残り、2013年3月31日まで施行されていました。

この旧収用法の下での土地の収用はむごいもので、

植民地政府及びインド政府によって、

収容者の権利を踏みにじる形で行われていました。

 

確かに旧収用法の下でも、土地の強制収用に伴って、

土地の収容者に対して補償金が支払われていました。

しかし、その補償金の額が実際上あり得ないほど低い額に抑えられていたのです。

旧収用法の下で、土地収用にあたっての補償金は土地の取得価格の130%以上と

定められてはいました。

 

問題は土地の取得価格の算定の仕方なのです。

 

土地の取得価格は、

現在の土地の所有者が前の土地の所有者から取得した土地の価格です。

ところが、その土地の価格は、実際よりも極めて低く算定されていたのです。

しかも、現在の所有者が争いにくい方法で。

 

前回でもお話しましたが、

土地の所有関係についての登記制度が英国流のインドでは、

土地を購入する際には必ず、厚めの土地の売買契約書を締結します。

そして、分厚い土地の売買契約の中で、

当事者や不動産の所在地、土地の売買代金など

重要な条件だけを記載した譲渡証書を作成し、譲渡証書を登記します。

その際には、

譲渡証書に記載された譲渡代金をもとに登録免許税が算定されます。

 

このように譲渡証書に算定された譲渡代金をもとに税金を支払わなければならないので、

譲渡証書に記載された不動産の取得価格は、実際の取得価格を大きく下回るのが人情です。

 

イギリスの植民地政府はここに目を付けたのです。

 

旧収用法上の土地収用の補償金は、この実際の売買代金を大きく下回る、

譲渡証書に記載された土地の取得価格をもとに算定されていました。

自分で取得価格を記載して、登記した以上、

その価格には土地を所有するものが責任を持つべきであるというのです。

 

これでは土地を強制収容される人はたまったものではありません。

 

例えばある土地を市場価格の1,000万円で取得した土地所有者が、

自分が登記にあたって支払う

登録免許税の額をなるべく少なくするために、

譲渡証書に譲渡価格を100万円と記載したとします。

そして、登録免許税を5%の5万円だけ支払ったとします。

後に、その土地が強制収容される場合には、

譲渡証書上の土地の価格100万円をベースに

130万円で政府に取り上げられてしまったのです。

 

これでは1,000万円で買った土地を130万円で取り上げられ、

870万円ものお金を失います。

植民地政府の言い分としては、

1,000万円で買った土地を登録免許税を免れるために

100万円で買ったと嘘をついたお前が悪い、というものです。

 

しかし、インドは土地所有者の90%が農民で、

農地を二束三文で政府に取り上げられたのでは、

生活ができなくなります。

土地を強制的に取得された農民の憤怒は想像を絶するものがあります。

 

このため、旧土地法に基づいて収容された土地については、

常に生活に困窮した収容者からの

追加の補償金の請求と、その訴訟リスクを抱えているのです。

 

このことは、州政府が提供する工業団地においても例外ではありません。

 

特に注意をしなければならないのは、

州政府があなたの会社のために、

提供する工場用地についての土地の売買契約や、

土地の賃貸借契約は、当然のことですが、

州政府にとって極めて有利に作られています。

土地を強制的に収容された農民から、追加の補償請求や、

それに伴う訴えが提起された場合、

その責任は全てあなたの会社が負担するようにできているのです。

 

あなたの会社がこの責任を免除してもらうためには、

相当なハードネゴが必要になります。

もっともインド政府も、

旧収用法下でのあまりの土地紛争の多発(沢山の死傷者まで発生し、

土地戦争と揶揄されていた)を憂慮し、

補償金を大幅に増額した土地収用法(新収用法)を2013年に制定しました。

 

これによって、現在では土地の強制収容に伴う紛争は激減しました。

 

しかし、注意を要するのは、新収用法が適用されるのは、

新収用法の施行期日である

2013年4月1日以降に収容された土地に限られます。

 

言い換えると、2013年3月31日までに強制的に収容された土地については、

今でも土地の収容者からの訴訟リスクがあるのです。

 

 

最後に

 

州政府が提供する土地の場合、民間が提供する土地に比べて、

土地の権利関係の調査は不要です。

 

しかし、土地を二束三文で取得された収容者からの追加の補償金の請求や、

それに伴う20年を超える訴訟に巻き込まれる危険があります。

とりわけ、州政府から提供される工場用地が、2013年3月31日までに、

土地の所有者から強制収容されている場合、

その土地をあなたの会社の工場用地として取得するのは避けた方が無難です。

 

さもないと、土地を強制的に収容されたものから、

追加の補償金の請求を受けることになり、

20年以上の裁判に巻き込まれ、時間とお金を失うことになるからです。

 

どうですか。

 

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