インド競争法(3) 支配的地位の濫用― 日系自動車製造業者に対する制裁

顧客と会議室

はじめに

あなたの会社も果敢にインドに進出し、インドのパートナーと一緒に仕事をしていますね。
でもインドのパートナーがやっていることであれば、なんでも大丈夫だと思って、同じことを一緒にやっていませんか。

結論(支配的地位の濫用に該当しうる)

でも現地のパートナーが行っている業界慣行に無批判に追随することは危険です。
インド独禁法に違反し、インド競争委員会から巨額の追徴金(罰金)の支払いを求める危険があります。

結論の理由(インドには支配的地位の濫用にあたる業界慣行が存在する。)

未だ発展途上国であるインドでは、日本の独禁法に対応するインド競争法が2002年に成立し、
日本の公正取引委員会に対応するインド競争委員会が2003年に設立され、
支配的地位の濫用に関する規定が2009年に施行されました。

インド競争委員会は積極的かつ、厳格にインド競争法の執行をしていますが、
世界で3番目に競争法(独禁法)が制定された日本に比べ、インド競争委員会の経験はまだまだ乏しく、
あなたの会社のインドのパートナーが行っている業界慣行に無批判に追随すると後で酷い目にあうことがあります。

たとえば、インド競争委員会は、2004年8月25日、
インドにおける主要自動車メーカー14社(日本のスズキ、ホンダ、トヨタ、日産のインド子会社を含む)が、
インドにおけるアフターサービス市場等で支配的な地位を濫用していたとして、
総額254億ルピー(約430億円)もの課徴金を課しました。

今回はこの事件を参考に、インド競争法における支配的地位の濫用について説明をし、
インドのパートナーの行っている業界慣行に無批判に追随することのリスクを具体的に説明したいとおもいます。

インド競争法における支配的地位の濫用の要件と効果

これから顧問先の自動車会社のインド子会社がインド競争委員会から調査を受けることになったという架空の設例をもとに、
日本の企業がどのようにして、インドの競争法上の支配的地位の濫用があったとして、
高額の課徴金を課されることになるのか、について説明します。

リーニエンシー

突然、顧問先の自動車メーカーの法務部の人から連絡があった。

「先生、困ったことが起きました。」

「はあ。またですか。まあ、インドのような発展途上国でビジネスを行う以上、リスクはつきものです。今度はなにが。」

「はい。インドの競争委員会からうちの子会社に調査が入ったようなんです。」

「そ、それは大ごとですね。」

「はい。実は自動車のアフターサービス市場に参入したいインド人が、日本におけるうちの競争相手を含む数社が、
インドにおけるアフターサービス市場における競争を妨げているとして、インド競争委員会に訴えたのが発端のようです。」

「なるほど。訴訟好きなインド人のやりそうなんことですね。」

「そうなんですよ。そうしたらそれを聞きつけたインドの会社が、リーニエンシー制度を利用して、
情報を提供したようなんです。」

「なるほど。セメントカルテル以来、制裁金が大変高額になっていますからね。」

「そうなんです。その会社とうちの会社はインドで提携関係にあるので、その会社もリーニエンシー制度を利用したんです。」

「その結果、うちの会社が、インドの提携先がやっていることをまねしてやっていることについて、調査が入ったんです。」

「そうすると、御社はインドの提携先と談合(カルテル)をしていたのですか。」

「いえ、談合はしていません。」

「そうですか。インド競争法46条のリーニエンシーは、同法3条のカルテルが行わた場合にのみ利用可能なはずなのですが。」

「そういえばそうでしたね。カルテルのように見つかりにくい競争法違反に対処するための制度でしたね。」

「ただ、うちの競争相手とインドの提携先はカルテルをしているかもしれませんが、うちはカルテルは絶対にやっていません。だとすれば大丈夫ですか。」

 

支配的地位の濫用

「そうですね。あとはインド競争法4条1項の支配的地位の濫用に該当する可能性がありますね。
先ほど、御社のインドの提携先がやっていることをまねしている、
とおっしゃいましたが、具体的にはどのようなことを御社のインド子会社はされていたのですか。」

「はい、実はうちのインドの提携先の自動車会社は、インドでは一、二を争うくらい大きな会社で、
アフターサービスを非常に重視しているんです。

具体的には、アフターサービスは自分の子会社の自動車の販売会社に担当させて、
販売会社が必要な自動車のスペアパーツや故障の診断ツールは、
同じく自分の子会社の部品製造会社から購入させているんです。

そして部品の製造会社には、自動車のスペアパーツや故障の診断ツールは、
同じく自分の子会社である自動車の販売会社にしか販売させないようにしているんです。
結局、自分が製造した自動車のアフターサービスは自分の子会社である販売会社にしかできないようにしているんです。

だから、インド競争委員会に訴えたインド人がその会社の自動車のアフターサービスをしたくても、
スペアパーツや故障の診断ツールが手に入らないために、
その会社の自動車のアフターサービスができないようにしているんです。

このことに気がついたうちのインド子会社も同じようにして、うちの子会社である販売会社と部品会社を使って、
インドではうちの販売会社しかうちの車のアフターサービスができないようにしているんです。」

「なるほど。それはインド競争法第4条の支配的地位の濫用に該当しそうですね。」

「そ、そうですか。インド競争法上の支配的地位の濫用とはどういう場合を指すんですか。」

「そうですね。インド競争法第4条の支配的地位の濫用とは、市場を歪め、
または競争相手に対し不当に優位に立つ目的で、支配的地位を利用することを言います。」

「支配的地位とは。」

「はい。ここに支配的地位とは、企業がインド国内の関連市場において享受する強い地位であって、
その企業が、1.当該市場に及んでいる競争力から独立して活動すること、
または、2.自己にとって有利に競争相手もしくは消費者または当該市場に対して影響を及ぼすことを可能にする地位をさします。」

「インド競争委員会は支配的地位の有無の判断にあたり、どのような要素を重視するのですか。」

「そうですね。つぎのような要素を重視するといわれます。」

  1. 当該事業者の市場シェア
  2. 当該事業者の規模及び資源
  3. 競合事業者の規模及び重要性
  4. 競合事業者に対する商業上の優位性を含む当該事業者の経済力
  5. 競合事業者の垂直的統合状況またはサービス網
  6. 消費者の当該事業者への依存度
  7. 独占的、支配的地位が生じていること
  8. 規制障壁、財務上のリスク、市場参入にかかる高額の資本コスト、市場参入障壁、技術的な参入障壁、規模の経済、
    消費者向けの代替可能物品またはサービスに要する高額な費用などの参入障壁
  9. 対抗する購買力
  10. 市場構造および市場規模
  11. 社会的責任および社会的費用
  12. 支配的地位を享受する事業者によって競争に著しい悪影響を及ぼすかまたはその恐れがあるとしても、
    そのことが経済発展に貢献することによって得られる総体的利点

「なるほど、実際にどのような場合が、支配的地位の濫用にあたるとされているのですか。」

  1. 直接または間接に、物品またはサービスの売買において、不公平または差別的な条件を設定すること、
    直接または間接的に、物品またはサービスの売買において、不公平または差別的な条件を設定すること(略奪的価格設定を含む)
  2. 物品の生産もしくはサービスの提供の制限またはそれらの市場を制限すること、
    物品又はサービスに関連する技術的・科学的発展を制限し、消費者の利益を損なうこと
  3. 競合事業者の市場参入の拒否を招く行為を行うこと
  4. 性質上または商業上の用例に従えば契約上の主題と関連性のない付属義務を契約の相手方が負うことを契約締結の条件とすること
  5. ある関連市場において占める支配的地位と別の関連市場に参入する、または、別の関連市場を守る目的で利用すること

「なるほど。うちの場合は支配的地位の濫用に該当しそうですか。」

「そうですね。御社がやっていたようなアフターサービスを御社の車の販売会社だけができるように仕組むのとは、
ほかのインドの自動車の製造業者もみんなやっているんでしょうか。」

「うちのインドの提携先の話では、インドの自動車会社ばかりではなく、
インドに進出している米国、ドイツ、日本などすべての自動車業界で行っているようです。」

「そうすると、インドで車に乗っている人は、だれでもその車の販売会社からしかアフターサービスを受けられないのですか。」

「まあ、そうですね。アフターサービスに必要なスペアパーツが手に入らないのですから。」

「診断ツールってなんですか。」

「特定のスペアパーツに問題があるかどうかを調べるツールです。最近の車は技術的に高度化しており、
診断ツールがないとどのスペアパーツに問題があるか、わからないのです。」

「なるほど。そうすると、そのスペアパーツが手に入らないと、アフターサービスもできないわけですね。」

「その通りです。」

「その診断ツールも、部品の製造会社で作るのですか。」

「そうです。」

「そうすると、部品の製造会社に、自分のところの販社以外には診断ツールを売るな、
といっておけば、販社以外はアフターサービスができなくなるわけですね。」

「はい、そうなります。」

「なるほど。そのような仕組みがインドの自動車業界全体にはびこっているのですね。」

「そうです。でも、それは我々からすると、我々のブランド戦略の一環なのです。」

「というと。」

「我々の作る車は、アフターサービスもしっかりとしている、だから我々の車を買えば安心です、
と消費者の訴求しているのです。」

「なるほど。それでもそれが自動車の販売会社が、アフターサービスを独占してよいことになるかは疑問ですね。

御社が良いアフターサービスの体制を整えることと、
御社が他の会社にスペアパーツや診断ツールを入手できないようにすることによって、
御社とは無関係の会社がアフターサービスができないようにしてよいか、は別の問題でしょう。

御社の子会社と御社とは別の会社が、競争を通じてよりよいアフターサービスをより安く提供することができるようにすることが競争法の目的だからです。」

支配的地位の濫用の制裁(排除命令)

「なるほど。今後どうなりますか。」

「そうですね。すでに調査は開始していますし、以上の観点からみると、
インド競争委員会からはインド競争法27条(a)の排除命令が下される可能性が高いですね。」

「排除命令というと」

「支配的地位の濫用を止めろ、という命令です。」

「具体的には。」

「スペアパーツと診断ソフトを適正価格で独立系の自動車整備会社に供給しろという命令です。」

「そんな命令があるのですか。」

「実際の内外の自動車会社14社に対する排除命令もそうでした。」

「なるほど。」

支配的地位の濫用の制裁(課徴金)

「罰金はどうですか。」

「インド競争法27条(b)によれば、御社のインドにおける自動車製造子会社の過去3年における平均売上の10%未満の課徴金が科されます。」

「そんなに高額になるのですか。」

「はい、実際の内外14社支配権の濫用のケースでは、各社のインドでの過去3年における平均売上高の2%の課徴金、
総額が約254億ルピー(約440億円)に上りました。

もっともこのケースは、インド競争法3条のカルテルにも該当するとされたので、
カルテルの実施期間中の一年間の利益の3倍または一年間の売上の10%のいずれか高い方の課徴金を科すことも可能でしたので、御社のケースとは必ずしも同一とはいえません。

ただ御社のケースでも、インドの自動車業界全体が行っていたことである場合には、黙示のカルテルが認定されうるので、
実際のケースと同様ないしより多くの課徴金が科される可能性もないとはいえません。」

「そ、そうですか。だからうちの競合会社は慌ててリーニエンスを利用したのですね。」

「そうだと思います。」

「いまからでは無理ですか。」

「そうですね、リーニエンシーは最初の申告者については課徴金の全額、二番目の申告者については50%まで、
三番目の申告者については30%まで減額される可能性があります。
貴社が三番目の申告者であれば、制裁金の30%まで減額される可能性があります。

ただし、これはインド競争法4条1項の支配的地位の濫用に関する課徴金ではなく、インド競争法3条(1)の反競争協定、
とりわけ、カルテルに関する課徴金の減免に関するリーニエンシーに関するものです。」

「わかりました。社に持ち帰って至急検討します。」

「承知しました。何かあれば、いつでもご連絡ください。インドの弁護士にも連絡をし、対応の準備をしてもらっておきます。」

「ありがとうございます。また、連絡をします。」

「お待ち申し上げます。」

最後に

あなたの会社はインドにおいて、インドの提携先が行っている以上、あなたの会社がやっても大丈夫だと思って、
インドの提携先と同じようなやり方でビジネスをやっていませんか。

それはとても危険です。インドの競争法に反するとして、巨額の賠償金を支払わされる危険があります。

インドは発展途上国です。インド競争法が制定されたのは2002年、インド競争委員会が設立されたのが2003年、
支配的地位の濫用が規制されるようになったのは2009年、企業結合が規制されるようになったのは2011年です。

インド競争委員会は積極的かつ厳格にインド競争法違反を取り締まっています。
それでもインド競争法に基づく取り締まりが始まってから日は浅く、
インド競争法に反する業界慣行はあちらこちらにはびこっているといっても過言ではありません。

安易にインドの提携先が行っていることに追随せず、甘い汁を吸おうなどと思わず、
インドにおける競争を歪めることがないように細心の注意を払ってください。

そしてご不明な点があれば、いつでもご相談ください。

我々は、インド最大、最古の弁護士事務所と戦略的に提携し、インドに果敢に進出しているあなたの会社の転ばぬ先の杖として、
あなたの会社を守り抜きたいと思っています。

ご連絡をお待ち申し上げます。

原口総合法律事務所インド進出企業法務顧問室
インド進出企業の守護神
弁護士 原口 薫

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