インド競争法(1)企業結合規制 ― インドの会社を買収するリスク

顧客と会議室

はじめに

今日はインドの会社を買収したいというお話があった。
どこの国でもそうだが国際的な企業買収は簡単ではなく、時間とお金がかかる。

インドの会社を買収するにあたってはインドの競争法に注意する必要がある。

インドの会社を買収するリスク(インド競争法上の企業結合規制)

インド競争法に反するインド企業の買収は無効になるし、事前の届出をしてから最長210日も待たないと企業買収の効力は生じない。

事前の届出には下手をすると英文で何百ページもの書類を提出しなければいけない。
といって、事前の届出を怠ると買収の結果生じた資産または売上の高い方の1%を上限とした課徴金が科されてしまう。

インドの企業を買収するにはそれなりの工夫が必要である。

インドの会社を買収する場合に気を付けること

これから実例に即し(大幅に脚色はしてあるが)、インドの企業を買収するにあたって気をつけるべきことを説明したい。

一つだけ、大事なことをお伝えすると、企業結合によって取得されるインド企業が小規模である場合(インド国内における資産が35億ルピー以下(約54億円・1ルピーを1.53円で換算))またはインド国内における売上高が100億ルピー(約153億円)以下である場合には、インド競争委員会への届出は不要である。

以下、具体例に即して詳しく説明する。

顧問先の社長との電話

正月明けの1月7日、顧問先のネット通販会社のF社長から連絡がかかってきた。

「先生、あけましておめでとう。お元気ですか。」

「おお。F社長、あけましておめでとうございます。最近お見限りでさみしい限りです。」

「いやーちょっとインドに行ってきてね。」

「おおそうですか。おなかの具合は大丈夫ですか。朝、昼、晩のカレーは慣れましたか。エアコンは大丈夫ですか。巨大なゴキブリに遭遇されましたか。」

「あ、僕は先生みたいにローカルの人と一緒のところには行かないから大丈夫だよ。デリーの近郊のグルガオンには最近は綺麗なホテルや日本食レストランも目立って増えてるよ。」

(ああ、そうですか、そうでしょうね。私のように、ボパールのジャイナ教徒の自宅に泊まって旅費と食費を節約する必要はありませんね。確かD財閥の所有する豪華ホテルにお泊りでしたね。失礼しました。)

「ところで、今度はどんなお手伝いをさせて頂けるのでしょうか。」

「うん、先生、今度はインドの会社を買うことになってね。」

「インドの会社の買収ですか。それはかなり時間とお金が必要ですね。特にインド競争委員会との事前相談は手間暇がかかりますよ。」

「あ、そうなんだ。でも昨日、取締役会を通してしまってね。これから先生に株式の譲渡契約でもドラフトしてもらおうと思ってね。」

「ええ。そ、それはまずい。」

「先生、どうしたんだい。」

「う、うーん。とりあえず、至急関連資料を持って事務所にお越し頂けないでしょうか。」

「どうしたんだい。まずは近くで新年会でもやろうや。」

「い、いえ。それはまたの機会に。とにかく今回の企業買収がインド競争法上の企業結合に該当するか、検討させてください。」

「わかった。これから行くよ。」

「こ、これからですか。分かりました。」

(えーと、インドの会社の買収ね。とにかく事前相談の要否が面倒くさかったな。法律や規則もころころ変わるし。大急ぎで確認をしておいた方がいいな。)

顧問先の社長との面談

インドの会社の買収の背景

 

「先生、あけましておめでとう。」

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

「このビルは先生の持ち物?」

「ええ、まあ。もともと実家だったんですが、2階を改築して事務所にしました。」

「ふーん。もともと三軒茶屋が実家なの。」

「ええ。昨年越してきたのですが、最近おしゃれな店が増えてびっくりしています。」

「そうなんだ。食べ過ぎに気を付けてね。」

「は、はい。ところで、今回はインドのどんな会社を買収するのですか。」

「うん。ネット通販の会社を買収しようと思ってね。」

「はあ。」

(インドでもアマゾン・エフェクトで、インドの会社に未来はないんじゃないかなぁ。)

「これまでインド人の所得からみて、アップルやサムソンのスマートフォンに手が届く人は2億人くらいだった。でも1台1万円くらいの格安携帯が中国からはいってきてから、残りの10億人の人たちにもどんどん格安携帯が広まっているんだ。」

「なるほど。そういえば、最近インド人の弁護士も、中国の格安携帯をコスパがいいっていってほめてたな。ファーウェイみたいな国策会社は強いかも。」

「スマホが広まると、中国のようにスマホを使ったネット通販も増えると思ってね。」

「なるほど。でもネット通販の仕組みを整えるのも大変なんじゃないですか。」

「そうなんだ。インドの通販も競争が激しく、競争に勝ち抜くためのお金が続かないみたいなんだ。」

「なるほど、三共に買われたランバクシーにも、品質管理以外に、資金難があったな。」

「なるほど、そこで現地の販路と日本の資金とを合体させて、インドに乗り組むわけですね。」

「そうなんだ。」

「面白そうですね。」

「アマゾン・エフェクトは大丈夫ですか。」

「なんだい、それは。」

(うーむ。世界中で問題になっているはずだが、、、。)

「そうですね、、。ネット通販の大手のアマゾンが、資金力を駆使して、インド市場を独占する可能性が高いということなのです。

でもインドでアマゾンが頑張っている(ネット通販で、インドのフリップカートと業界一位を争っている。)ことは、社長の会社のインド進出には、法的には有利でしょう。」

「どうして。」

 

インドの競争法上の企業結合

 

「はい。インドの競争法6条1項によれば、インド国内の関連市場における競争に相当の悪影響(appreciable adverse effect on competition)を及ぼすか、またはその恐れがある企業買収などの企業結合を行うことはできません。

このように、インドの企業結合の規制は、EUの規正法の影響を受け、企業結合の効果に着目しており、日本のように行為の類型を列挙しません。インド競争委員会はこの判断にあたり、次のような点を重視するといいます。」

  • 輸入を通じて市場に生ずる競争の実際の度合い及び見込まれる度合い
  • 市場参入障壁の度合い
  • 市場における結合の度合い
  • 結合の結果、その結合の当事者が価格または利益幅を著しくかつ継続的に増大することが可能になる恐れの程度
  • 結合の結果、その結合の当事者が価格または利益幅を著しくかつ継続的に増大することが可能になること
  • 市場において持続すると見込まれる有効な競争の程度
  • 市場における代替物の入手可能性または入手可能となる見込みの程度
  • 企業結合に属する個人または事業者がここにまたは総体として関連市場において占める市場シェア
  • 企業結合の結果、市場において有力かつ有効な競合事業者の排除を招く恐れの程度
  • 企業結合後の経営不振の可能性
  • イノベーションの性質およびその程度
  • 競争に著しい悪影響を及ぼすか、またはその恐れのある企業結合が、他方で経済発展に貢献することによって生ずる総体的優位性
  • 結合により利益が得られる場合、その利益が結合による不利益を上回るか。

「ただ、米国資本のアマゾンがすでにネット通販の1位を争っているので、インドの競争当局としては、アマゾンの競争力がこれ以上強大化することを不安に思っているはずです。

ところで、社長がインドの会社を買収し、インドの会社に資金を供給して、インドの会社を立て直すことは、インドにおけるネット通販市場の競争を促進することになります。

したがって、通販市場の競争に相当の悪影響を及ぼすことにはならず、インド競争法6条1項に違反しないと解されるからです。」

「なるほど。法律上の問題はないわけか。じゃ、これで終わりだね。先生、飲みに行こう。三茶のおいしいお店を紹介して。あ、蕎麦屋がいいな。」

「ちょ、ちょっと待ってください。インド競争法をなめるとひどい目にあいます。」

「なんだ、まだあるの。アマゾン・エフェクトで問題ないんでしょ。」

 

インド競争法上の事前の届出

 

「いえ、インド競争法6条2項によれば、インドにおいて企業結合をしようとする者は、企業結合に関する取締役会決議または契約の締結から30日以内に、インド競争委員会に届出をしなければいけません。」

「届出をしないとどうなるの。」

「インド競争法43条Aによれば、結合企業の売上または資産のうち、高い方の1%の課徴金(罰金)が科されます。」

「おお。罰金が科されるんだ。」

「しかも、インド競争法6条2A項によれば、企業結合は、インド競争委員会に事前の届出をしてから210日が経過するか、あるいはその以前に、インド競争委員会が企業結合を承認するまでは生じません。」

「そ、そんなに時間がかかるの。それは大変だ。
昨日から、数えて30日以内に提出をしないと罰金を支払わなんければならないし、届出をしたら最長210日も待たないといけないの、、、。ど、どんな届出が必要なの。」

「届出には通常の様式1と取引内容の詳細な内容を要求する様式2」があります。

「うん。」

「詳細な様式は、企業結合後の当事者の合計の市場シェアが15%を超える水平統合、当事者の市場シェアの合計の25%を超える垂直統合の場合に、必要になります。」

「水平統合ってなに。」

「はい、水平統合は、流通段階における同じレベルの業者間の統合です。たとえば製造業者同士、販売業者同士をいいます。社長のところと、インドの業者のところはどちらもネット販売業者同士なので、水平統合といってもよろしいかと。」

「垂直統合っていうのは。」

「流通における上流と下流の間の業者間の統合です。例えば、製造業者と卸売業者間の統合や、卸売業者と小売業者の統合をいいます。一般に垂直的統合は水平的統合に比べて競争を制限する度合いが低いと考えられています。

したがって、水平的統合よりも「競争への相当の悪影響性は緩やかに解されます。
この違いが市場占有率の15%と25%の要件の違いになります。
水平統合の場合は市場の15%を占有することになれば詳細な届出が必要になるのに対して、垂直統合の場合は市場の占有率が25%になるまで、詳細な届出は必要となりません。」

「なるほど。詳細っていうとどのくらいになるの。」

「英文で何百ページでしょうか。」

「な、なんでそんなになるの。」

「1. まず届出の対象となる企業結合には、個人もしくは事業者による他の事業者の株式、議決権または支配権の獲得、合併などを含みます。
そして、取得者と対象会社の資産または売上の合計額が、次のいずれか一つに該当する場合、には届出が必要になります。」

(1)インド国内の資産が200億ルピー(約306億円)を超える場合、

(2)インド国内における売り上げが600億ルピー(約918億円)を超える場合、

(3)全世界の資産が、10憶ドルを超える場合(但し、インド国内における資産が100億ルピー(約153億円)を超える場合、

(4)全世界の売上が30憶ドルを超える場合(但し、インド国内にける売上が300億ルピー(約459憶円を超える場合)。

「2.また、当事者の企業結合後の会社のグループ(議決権の50%以上を保有する会社集団)の資産または売上の合計額が、次のいずれか一つに該当する場合、にも届出が必要になります。
すなわち、グループとしての、

(1)インド国内の資産が800億ルピー(約979憶円)を超える場合、

(2)インド国内における売り上げが2400億ルピー(約3672憶円)を超える場合、

(3)全世界の資産が、40憶ドルを超える場合(但し、インド国内における資産が100億ルピー(約153億円)を超える場合、

(4)全世界の売上が120憶ドルを超える場合(但し、インド国内にける売上が300億ルピー(約459憶円を超える場合)。

 

「そして、以上のインド国内や全世界の資産や売上は、直近の監査済財務諸表に基づくものです。詳細に記載をする場合には、財務諸表だけで何百ページにもなります。」

「うーん。そんなものを昨日から数えて、30日以内になんか作れないよ。」

「簡単なものでも、全部で英文で数百ページになる場合もあります。

「そ、それも無理だ。」

「でしょう。ただし、よく調べてみると、インド競争法6条2項の届出期間は、インド競争委員会の2017年6月29日の通達で、通達の公表日から5年間は免除されています。よかったですね。」

「じゃあ、届出はしなくてもいいの。」

「いえ、届出は必要です。」

「うーん。」

「でも、次のいずれかの場合には、届出が不要になっています。

  • 投資目的または通常業務の範囲内の25%未満の株式または議決権の取得であって、対象会社の支配を取得しないもの。
  • 取得前に、すでに対象会社の50%以上の株式の議決権を有している場合の株式または議決権の取得であって、当該取引により共同支配から単独支配とならないもの。
  • 事業に直接関係しない、または純投資目的もしくは通常業務の範囲内での資産の取得であって、会社の支配に至らないもの。
  • グループ内における株式などの取得
  • 親会社とその完全子会社との合併等の一定のグループ内合併
  • 自己株式の取得(支配の取得に至らないもの)
  • 国外でのみ発生する企業結合であって、インド国内の市場に重要な関連、効果を有しないもの。」

「うーん。どれにも該当しないなぁ。先生何とかしてよ。」

「はい、あとよく使われるのが、小規模企業結合の例外要件です。」

「それはなに。」

「はい、実はインド企業省が2017年6月29日、うれしい告示を出してくれているんです。

これによると、企業結合によって取得されるインド企業が以下のいずれかの規模である場合には、小規模な企業結合として、事前届出が不要になります。
すなわち、対象となるインド企業の、

  • インド国内における資産が35億ルピー(約54億円)(1ルピーを53円で換算)以下である場合、または、
  • インド国内における売上高が100億ルピー(約153億円)以下である場合)には、インド競争委員会への届出は不要である、

には、面倒な事前届が不要になります。」

「おお、先生、それだよ。今回賠償と対象となるインドの会社のインド国内における資産は30億ルピーだし、売上高も90憶ルピー位だから、届出はいらないね。」

「そうですか。それはよかった。ただ、インドの法律や規則はころころ変わりますから、念のため、インド競争当局に事前に相談をしておいた方がいいですね。
インドで提携している、インド最大、最古の法律事務所に連絡して、匿名で様子を聞いてもらいますね。」

「よかった。先生に相談をしにきたかいがあった。さあ、新年会だ。」

「す、少しお待ちください。インドの弁護士に連絡をしてからにしましょう。」

最後に

インドの企業を買収する場合、インドの競争法との関係に注意をしなければならない。

インドの競争法上、インドの企業を買収することによって、インド関連市場における競争に相当の悪影響を及ぼす、またはその恐れのある企業結合(企業買収を含む)は禁止され、この規定に違反する企業結合は無効となる。

一定の基準を超える企業結合は、事前にインド競争委員会に届ける必要があり、届出をしないと課徴金の制裁があり、届出をすると最長210日も企業結合ができない。

事前の届出は通常の場合でも大量の英文の書類の作成が必要になり、詳細な事前届出が必要な場合には、英文で何百頁もの書類の提出が必要になる。

可能であれば、少額企業買収の要件を満たすような形で、事前の届出を避けることが望ましい。

届出の要否については、念のため、インドの弁護士を通じて、買収の対象となる企業の名前を隠して、インド競争委員会に届出の要否を確認しておくことが望ましい。

当事務所は、インド、最大最古の法律事務所と戦略的提携関係にある。実際にインド企業の買収をお考えの場合には、ぜひご連絡をいただきたい。

原口総合法律事務所インド進出企業法務顧問室
インド進出企業の守護神
弁護士 原口 薫

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